Yuのプロフィール

初めまして!Yuと申します。

僕は現在、ブロガー、WEBマーケッター、コンサルタントなどの活動を夫婦でしています。

簡単に説明すると、インターネットを使って個人でビジネスを行なっています。

具体的には、妻と2人で月間190万以上のPVを記録する人気ブログを生み出し、調子の良い時は月収70万円を稼いだり、その経験を活かして、僕たちと同じ理想を持った人にコンサルティングをして、夫婦で仲良くシゴトをして自由に生きています。

今の僕の毎日は、自分の好きな時間に起きて自宅のリビングでシゴトをし、ご飯を食べて、アラームをかけずに好きな時間に寝る。

そして、何をする時も24時間365日大切な妻が側にいます。

『夫婦ずっと一緒に居て飽きないの?!』そんな風にも言われるんですが、毎日一緒にいても話が尽きなくて、冗談を言い合い笑う。そんな毎日なので『飽きる』という考え方が、そもそもわかりません。

 

あなたにも片時も離れたくないほど大切な人は必ず居ると思います。

 

結婚、出産をきっかけに妻や子供と過ごす時間を減らし、生活費のために働く時間を増やすというのが世間の一般的な考え方だとは思います。

ですが『結婚したから妻の側にいたい』『子供の成長を側で見たい』というのが、普通であり本音ではないでしょうか?

大切な人といつでも笑い合いながら楽しくシゴトが出来る。

そんなライフスタイルって、理想的だと思いませんか?

僕たち夫婦は、知り合って8年以上経った今でも良き夫婦、良きビジネスパートナーとしてお互いをリスペクトしながら最高の夫婦関係を築くことが出来ています。

 

心から大切にしたい人を24時間365日ずっと大切にするために。

僕たち夫婦はネットビジネスを始めました。

 

ただ、僕たちも最初から今のようなライフスタイルを実現できたわけではなく、実現するまでにかなりの時間がかかりました。

ここからは、どのようにして今のライフスタイルを実現できたのか、僕の経歴なども含めご紹介していきたいと思います。

大切な妻・Akaとの出会い

僕は現在、自宅のリビングで大切な妻と隣同士で、時にはふざけ合いながら、時には真剣にシゴトをして楽しくビジネスをしています。

嫌味を言う上司もいなければ、決まった時間に起きて出社し退屈な仕事が終わるまで、家で待っている妻に会えないというストレスもありません。

でも、最初から会社を辞めて個人でビジネスをしようという『意識の高い人間』でもなければ、東京の様な大都会に住んでIT系の企業でパソコンを使ってバリバリ仕事をしていた訳でもなく、地元の小さな工場で働いていました。

 

初めてパソコンを購入したのは23歳の時。

そこからネットビジネスの勉強をしました。

 

今も住んでいる場所は都会とは程遠く、家から一歩外に出れば一面緑色の芝畑が広がり、野生の猿が頻繁に出没しては民家のドアを勝手に開けて人間の食べ物を奪いっていく。

近所をドライブすれば鹿・狸・猪がいきなり車の前に飛び出して来てぶつかりそうになる。

都会の人が足を踏み入れれば、両手を広げて深呼吸しながら『空気が美味しいー』と言いそうなくらい草木に囲まれ、夏になれば沢山の虫が家の中に侵入してくるような三重県のド田舎で育ちました。

ちなみにド田舎育ちの僕ですが、蜘蛛、ゴキブリ、バッタなどの少し大きい虫は見かけたら動けなくなるほど嫌いです。

(誤解の無いように言っておくと、三重県でも栄えている場所はあります。)

 

そんな三重県のド田舎で生まれ育った僕とは対照的に、妻のAkaは生まれも育ちも愛知県。

いくつもの高層ビルが立ち並び、夜になれば眠らない街と化す、愛知県の中心部『大都会・名古屋』で生まれ育った…わけではなく、名古屋からは少し外れた田舎に住んでいました。

Akaも、今でこそ僕と一緒にパソコン一台で人気ブログを運営したり、同じ志を持った人にコンサルティングするシゴトをしていますが、当時は授業で少しだけパソコンを使っていた程度。

趣味は毎月お気に入りの女性誌を買って、好きなモデルのファッションや化粧の真似をする。

ビジネスの『ビ』の字もないような普通の女の子でした。

 

そんな生まれも育ちも違う僕たち2人が、どのようにして出会ったのかというと、友だちの紹介がきっかけで知り合い、その日から毎日Akaと連絡を取るように。

年齢は3歳離れていますが、あっという間に気が合って、付き合うことになりました。

Akaは愛知県、僕は三重県に住んでいたので、会えるのはお互いの休日が重なる週末のみでしたが、家が離れていて中々会えなくても、毎日メールや電話でやり取りして、週末になれば1時間以上車を走らせAkaに会いに愛知県に行きました。

平日は仕事・学校が終わるのを待ちわび、土日はカラオケ、ボーリング、ショッピング、ドライブをして、色々な場所で少しずつ2人だけの思い出を作っていく。

どこにでもいるようなカップルだった僕たちの人生は、Akaの就職をきっかけとして大きく変わっていきました。

夢が出来た日

Akaは『口から生まれた』という表現がぴったりで、Akaの住む愛知県に迎え行くと、いつも僕の車に乗った瞬間から聞いてもいないのに高校の友人、会社での出来事を笑いながら話していて、僕の喋る隙が見当たらないくらいお喋りでした。

なので、帰る時間になるとしゃべり過ぎたAkaは声がかすれている程でした。

でも、Akaが就職して会社員生活にも慣れ始めたかな~という、そんなある日、いつものように迎えに行くと、表情は暗くなり、ほとんど何も喋らなくなっていました。

 

信号が赤になり青になるのを待っている間、何気なく助手席に乗っているAkaの姿を見ると、蝉の鳴き声がうるさいくらいに響き渡り、半袖のTシャツ一枚でも汗が出るような真夏日にも関わらず、Akaが長袖の服を着ていることに気が付いたんです

Akaは暑がりで夏に長袖を着ることは無かったので『こんなに暑いのに、何で長袖なの?』と聞いても、何も答えないどころか僕の方を見ないように顔を反対に向けました。

何かを隠している。そう思った僕は、もう一度『何で長袖なの?』と聞くと、Akaはためらいながら黙って左の袖をめくりました。

 

白くてキレイだった左腕は自傷行為によって傷だらけになっていました。

 

僕はその傷を見て、咄嗟に近くにあったコンビニの駐車場の一番端に車を停め、話しを聞くことに。

Akaはこれまで我慢していた感情が一気に溢れ出したのか、ボロボロと大粒の涙を流し、クシャクシャの顔で会社であった辛く悲しい出来事を声を詰まらせながら話し始めました。

 

上司からセクハラ・パワハラを受けていた事、会社の誰もAkaの味方をしてくれなかった事、家族にも僕にも相談できず一人で抱え込んでいた事。

 

Akaがどれだけ辛い思いをしていたか。

不遇な環境に身を置いていたのか。

それを僕に知られないようにどんな思いで必死にそれを隠していたか。

今日まで何も知らなかった、何も出来なかった自分の無力さに情けなくなりました。

 

会社での辛く悲しい出来事を聞いた時、辞めさせようと何度も説得しましたが、本人の意思は固く『仕事自体は好きだし、お金に困るから辞めない』の一点張りで首を横に振るばかり。

テレビをつければ『不況により大手企業が倒産』『就職氷河期』が報道される時代。

年齢が若くても転職が難しい事を知っていた僕は、Akaを全力で止めることは出来ませんでした。

 

Akaを説得できないまま3ヵ月が過ぎた頃。

Akaは突然会社を辞めました。

よくよく話を聞いてみると自分から辞めたというより、Akaの意思とは関係なく『問題行動を起こす人』という烙印を押され、強制的に自主退職に追い込まれたそうです。

結果的に会社を辞めることは出来たものの、Akaの心の傷は深く、食べることがとにかく大好きだったのに何も食べない。

毎日夜11時ごろにはAkaが眠るため連絡が途切れていたのに、明け方まで眠れない状態になっていました。

会社に入る前の健康的でぽっちゃりしていた見た目からは想像もつかないほど頬が痩せこけ、目の下にはくっきりとしたクマができ、19歳とは思えない顔つきになっていきました。

睡眠も食事もまともにしないAkaを見かねたAkaの母親が『嫌な思い出がある地元を離れ僕と一緒に居れば少しずつでも心の傷が癒えるんじゃないか』と提案してくれたことがきっかけで、僕の家がある三重県でAkaと一緒に住むことになりました。

Akaが僕の家に来てからは、一緒にテレビを見たり、家の近所を散歩するときに少しずつ笑顔を見せてくれるようになりましたが、睡眠と食事だけは拒まれ続けました。

とにかく会社に入る前の元気な姿に戻ってほしいと思い、ほとんど残すとわかっていても、仕事帰りに近所のコンビニに立ち寄り、少しでも食べれる物はないかとAkaの好きそうな物を見つけては毎日買って行きました。

Akaが「お腹が空いた」と言ったときにすぐ食べさせてあげられるように、僕は苦手だった料理にも挑戦し、一口でも良いから食べれるようにあらゆる手を尽くしました。

 

その甲斐あってか、Akaの体重は激ヤセしていた時を遥かに上回っていました…。

 

少しずつAkaは会社に入る前の元気な姿を取り戻しつつありましたが、聞いているだけでも心が締め付けられるような酷い仕打ちを受けているのに、一番辛いときに僕はお金のために働くしかなくて側にいてあげることが出来なかった。

本当に大切に想っていたはずのAkaを失うところだった。

『大切な人を失いそうになってまで優先しなくてはいけない仕事って何だろう。』

『どれだけ辛いことがあっても仕事を続けることに何の価値があるんだろう。』

こんな気持ちを抱えている人も多いと思いますが、どれだけ辛いことがあってもお金のためだからと会社を辞めるに辞めれない。

どんな理由があろうと会社を辞めてしまえば、それぞれの事情なんて関係なく『今の若者は何でもすぐに諦める。忍耐力が無さすぎる。』そんな言葉で片づけられてしまいます。

 

Akaは三重県に来てからも自傷行為の傷を隠すために夏でも長袖のTシャツを着ていました。

いつもは僕にも傷を見せないようにしていたんですが、ある日Akaが寝ているときに、左腕の袖口から自傷行為の傷跡が見えてしまいました。

その時に、会社で辛く悲しい仕打ちを受けているAkaの姿が浮かび、助けられなかった自分が急に情けなくなりました。

 

大切な人とずっと寄り添っていきたい。

『心から大切にしたい人を24時間365日ずっと大切にするために』会社に縛られず働き方を自由に選べるライフスタイルを手に入れたい。

それが僕の理想になりました。

ネットビジネスとの出会い

僕にとって大切な存在であるAkaが会社で酷い仕打ちを受け、誰にも相談できず悩み苦しんでいるときに側に居てあげられなかったことから、僕はAkaを失いそうになりました。

『心から大切にしたい人を24時間365日ずっと大切にするために』楽しい時も苦しい時も、いつでもAkaの側に寄り添っていれるように、僕は会社に属さず生活できる方法は無いものかと探し始めました。

仕事に縛られたライフスタイルを変えるために、家でも出来る仕事は無いかと「在宅 仕事」のようなキーワードで検索をして、在宅で仕事が出来る方法を解説していた記事を片っ端から読み漁りました。

 

その時に『ネットビジネス』という言葉を初めて知ることになります。

ネットビジネスはパソコンとネット環境さえあれば、小資金で個人でも時間場所を問わずビジネスが出来ます。

会社を辞め、妻と一緒に世界中を旅しながら自由気ままに生きています!

僕は週5日残業をして、休日出勤もしてコツコツ働き、欲しい物も我慢してご飯も質素にして、やっとのことでAkaと2人で生活が出来るくらいなのに、パソコン一台だけで自由気ままに生きている人がいる。

 

もしかしたら、自分が知らないだけで、世の中にはこんな人がたくさんいるんじゃないか?

 

そんな疑問が湧いてきて、さらに調べてみると、個人でビジネスをして会社に縛られない自由なライフスタイルを実現している人が星の数ほどいました。

会社に属さず、家や旅行先など好きな場所で好きな時間に個人でビジネスをして、僕と同じ20代なのに、若くして一流企業の役員以上の収入を得ている。

体中に電気が走ったような衝撃を受けました。

でも、ネットビジネスの成功者と呼ばれる人は、高学歴のエリートで、勤めていた会社は誰もが知っているような有名企業、仕事でも毎日のようにパソコンを使っていたんだろうなぁ。

そう思いながら読んでみると、僕の予想とは裏腹に「高校卒業後は就職せずに飲食店のアルバイトで生計を立てていました。」「工場で働いている作業員でした。」という経歴の人ばかり。

ブログに載っているプロフィール写真を見ると、どの人もテレビに出ているような有名人ではなく、顏も名前も全く知らない、近所のスーパーやショッピングモールにいるような、ごくごく普通の男性でした。

 

良い大学を出て、一流企業に勤めれば高い給料が貰える。

学生時代から信じていた常識が、ガタガタと音を立てて崩れていくのがわかりました。

ネットビジネスは名もなき個人が輝ける場所だったんです。

 

『今から頑張っても遅くないんだ。僕もAkaと自由気ままに笑って生きていきたい。』

 

そう思ったらワクワクして居てもたっても居られなくなり、ネットビジネスを始める決意をしました。

ただ、自宅にはパソコンもネット環境も無かった上に、仕事でパソコンを扱った経験もほとんどない。

文章も全く書いたことがなく、作文も苦手な僕が「ネットでブログを書いてお金を稼ぐ!」なんて話したらAkaには鼻で笑われて否定されるんじゃないかと怖くなりました。

ですが、思い切って相談することに。

馬鹿にされて否定されるかも、そんな心配をよそにAkaは目を輝かせながら「私もやってみたい!2人で頑張ろうよ!」と、僕の提案を笑顔で受け入れてくれて、同じ夢に向かって一緒に頑張ると言ってくれました。

 

Akaのように会社で酷い仕打ちを受けてはいませんでしたが、僕の会社では上司が毎日サービス残業をしていて、さらに上司と僕の給料は大して変わりませんでした。

この会社で出世しても、僕の未来の姿は上司と同じで、サービス残業に追われ、安月給で働かされる…。

僕自身も既にサービス残業を頻繁にさせられていましたし、このままでは時間もお金も何もない人生になってしまう。

会社で働いて毎月安定した収入が入ってこなくなることに不安はありましたが、ネットビジネスで成果を出せば生活していけると思い、会社を退職しました。

 

ネットビジネスで成果を出す方法を探している時に『この教材を購入して真面目にしっかりやれば初心者でも成果が出ます!』初心者の方にも人気の教材と書いてあったので、初めてネットビジネスの教材を購入することに。

『教材も購入したし、僕の理想のライフスタイルを実現できるな〜』とワクワクしながら教材を読み込みました。

教材を読んでみると、今まで見たことも聞いたこともない言葉が僕の視界に一気に入ってきて、教材を閉じたくなりましたが、1つ1つ言葉の意味を調べて理解するようにしました。

さらに、ソリティアの様なゲームやペイントで絵を描いて遊ぶくらいしかパソコンを使った経験がなかったので、操作もわからない、初めて知った機能に悪戦苦闘しながらも、Akaと取り組みました。

作業時間がなるべく多く取れるように、大好きだったカラオケを我慢し、ご飯の食材は1週間分の食材を買いだめして出かける回数を減らす、「美味しいー!」と言いながら2人でゆっくり食べていたご飯も、とにかく早く食べる。

 

そんな生活をしていても、ネットビジネスでの報酬は0円でした。

 

ネットビジネスで成果を出すことが目的なのに『今、自分が何のためにこの作業をしているのか』全くわからない。

2人とも理解するために、黙々と教材や動画を見ていたので、いつも沈黙。

24時間365日Akaと過ごすのが理想だったのに、一緒に作業をしても楽しくない。

ネットビジネスを始める前までAkaといる時は、心の底から笑えて楽しいと思える時間だったのに…。

色んなことを我慢し、作業に取り組んでいたので2人ともストレスが爆発しそうになりました。

ですが『最初は中々成果が出ない。我慢して作業をした人だけ成果が出る』と教材に書かれていたので『今は下積みだから我慢が必要。いつか成果に繋がる時が必ず来る。』と、お互いに言い聞かせ、黙々と作業に取り組むことに。

 

そして1年間、真面目に教材に書いてある通り実践しましたが、報酬は0円。

 

『さすがに下積み期間が長すぎる…。そろそろ貯金だけで生活するのは厳しい…。』そう思って何度も教材を読んだり、教材に書かれている手法は本当に正しいのかネットで調べることに。

ここで初めて気づいたんですが、初心者向けと思って購入した教材は、誰でも成果が出るような内容ではありませんでした。

それどころか教材に書いてあることをよくよく読んでみると、マルチ商法っぽい。

報酬も発生しないし、マルチ商法っぽいことを自分たちが実践していたと気づき『僕たちは1年間何をやっていたんだろう…』そんな気持ちになりました。

実践していてもツマラナイし、マルチ商法紛いのやり方でお金を稼ぐ風潮に嫌気が差し、僕たちはネットビジネスで稼ぐことを諦めました。

教材を購入すれば成果が出る。

会社を辞めて作業時間を増やせば成果が出る。

どちらも正解であり、間違いでもあります。

ビジネスの素人が独学で成果を出すのはどう考えても無謀ですが、正しいノウハウが書いてある教材を購入しないと成果を出すことは出来ません。

会社を辞めて、作業時間を増やせば副業で実践している人よりも有利になり、成果が出るスピードも早くなりますが、どれだけ作業時間があっても、正しいノウハウに基づいた行動をしなければ成果は出るはずがありません。

それに気づくことが出来ませんでした。

 

成果も出ないし、お金のためだからといって、マルチ商法のようなことをしたくないとネットビジネスを諦めましたが、会社を辞めてから収入が一切無かったのも事実。

会社員時代に貯めた貯金のおかげで、ネットビジネスで成果が出なくても、生活費や遊ぶお金を節約すれば貯金だけで生活することが出来ました。

ですが、ネットビジネスのために購入した最新型のパソコン、ネット回線の契約、予期せぬ出費、2人分の生活費などで、無くならないと思っていた貯金も底が見え始めました。

ネットビジネスを諦めて結婚を決めた日

ネットビジネスで成果を出すと決意して会社を辞めた僕ですが、1年間実践しても成果は出ず、購入した教材をよくよく調べたらマルチ商法の様な手法だったので諦めて、再度転職する事を決意。

でも、会社を辞めて1年間もネットビジネスに取り組んでいたので、無職の期間が相当長くなっていました。

 

世間体を気にして正社員雇用を強く望んでいた僕は、ハローワークに職業相談をしに行き、職員に「ここの会社に正社員で応募したいんですが」と尋ねると、職員が厳しそうな顔をしてこう言いました。

「前の会社を辞めてから1年以上の空白期間がありますが何をされていたんですか?空白期間をプラスになるように説明できなければどこの会社でも正社員は難しいですね。まずは派遣か契約社員で頑張ってください。」

社会の常識から一度外れると、簡単には元に戻れない。

会社を辞めてから1年以上が経過し、無職期間が長かった僕を社会は簡単に受け入れてはくれず、面接に落ちる日々が続きました。

ですが給料、仕事内容、待遇など条件度外視で面接を受けた結果、1社だけ正社員で採用をしてくれることになりました。

 

そして、この転職がきっかけで、付き合って6年目の5月にプロポーズをして、僕はAkaと結婚をしました。

ネットビジネスの収入のみで生活していくという夢は諦めて、Akaを安心させる。

自分の人生だけではなくAkaの人生にも責任を持ち、大切なAkaをずっと養っていける恥ずかしくない男になる。

もう二度と会社を辞めない。

そう決意しました。

会社を辞めてからは2人で朝起きて、ちょっとした買い物も一緒に行き、夜寝るときも一緒。

当たり前にAkaが家に居て、世間で言う結婚生活と大して変わらない生活をしていました。

なので婚姻届けという紙を一枚、市役所に提出しただけ。

でも、本当の家族になった証明だと思うと、会社員生活も頑張っていけると思えました。

 

あの出来事が起こるまでは・・・。

希望からまた絶望へ…

入社初日、これからの結婚生活に胸を膨らませていた僕を待っていたのは、風を遮る壁が無く、雨を凌げる屋根も無い職場。

冬は会社から支給される厚手の作業着を着てもガタガタ震えるほど寒く、手がかじかんで仕事が出来ない。

夏は灼熱の太陽に晒され、体中の水分が全て外に出ていくほど暑く、作業着はいつも汗でビショビショに濡れ、大嫌いな虫が僕の顔めがけて飛んでくる。

狭い敷地の中で毎日複数のフォークリフトが行き交い、マスクをしていると排気ガスでマスクの外側がまっ黒になる。

重量物を扱うから毎日全身筋肉痛。

季節問わず、常に長袖の作業着で分厚い手袋をしていないと、腕や手に傷がたくさんつく。

ピカピカのキレイな床、専用の社員食堂、冷暖房完備で仕事中も居心地が良くて眠くなるような、僕が今まで働いてきた職場とは全く違う環境でした。

 

入社初日から、毎日『辞めたい…』と思っていました。

 

さらに従業員も両手で数えれるほどの小さな会社で、毎日夜遅くまで残業をしないと生活が厳しいくらい安い給料でした。

会社以外でお金を稼ぐ術を知らず、空白期間が長くハローワークの職員に『正社員は厳しい』と言われていた僕にとって、どんな環境でも正社員として働けるのは、すごくありがたいこと。

慣れない仕事で苦戦しても、理不尽なことで上司に怒鳴られても、どれだけ給料が安くても、世の中には僕よりも過酷な環境、安い給料で働いてる人がたくさんいる。

結婚もしたし、いつまでも自分だけ甘えていてはいけない。そう考えれば、仕事を続けられました。

 

そこから月日は流れ、転職してもうすぐ2年半が経とうとしていた冬のある日。

その日もAkaの「ご飯出来たよー」という声で目が覚め、準備をして出勤。

僕が帰宅するまでにAkaが用意しておいてくれる、美味しい晩御飯を食べることを楽しみに残業を頑張る。

そんないつも通りの日になると思っていた僕に、人生を変える大きな出来事が起こります。

 

その日は、上司がフォークリフトで作業し、別の上司と僕の2人がフォークリフトの補助をする。

という感じで3人1組で行う仕事をしていました。

基本的に僕はいつも、フォークリフトの補助作業員をしていて、フォークリフトに乗っている上司は、普段からすごいスピードで作業をし、安全確認をあまりしない人でした。

その日も上司はいつも通りの仕事っぷりで、危険を感じつつも作業をしていたんですが、突然【その瞬間】は訪れました。

 

僕がまだ補助作業をしているのに、上司がいきなりフォークリフトを動かしてしまったんです。

僕は急いで手を抜こうとするも間に合わず、逃げ遅れた左手の中指はフォークリフトの先端部分と分厚く硬いヒモの間に挟まれてしまいました。

ようやく上司が気づき、指を抜けるようになった時、仕事中は会社の規則で常に着けていた革の手袋が変形し、グレーだった色は見たことのない色に変わっていました。

あまりに一瞬の出来事で何が起こったのか自分でもよくわかりませんでした。

 

わかっているのは左手の中指がすごく痛い事。

 

痛みでうずくまっていた僕の左手袋を上司に勝手に外されると、いつも見慣れていた自分の指が変わり果てた姿になっているのを見てパニック状態に。

あまりの動揺で『痛い』と口に出すことも出来ませんでした。

やっと出た言葉は、自分でもわかるくらい震えた声で、近くにいた上司に「この指…繋がりますか…」でした。

そんな時に別の上司が駆け寄ってきて、かけられた言葉は「怪我したら、上(本社)がうるさくなるやろ!!!」

職場の人は普段から高圧的で、言葉遣いも良くはなかったんですが、この時ばかりは「それが今怪我をしている人に言う事かよ…」と呆れました。

どの会社も同じだと思うんですが、労働災害が発生すると安全確認が不十分だったということで、安全確認をする項目が増えます。

僕の会社も同じで、上司からは「怪我はするなよ。本社がうるさくなって仕事の効率が落ちるし、仕事が面倒になるから」ということを日頃から聞かされていました。

 

まともに会話が出来ない状態でもAkaの顔が浮かび、震えてスマホすら上手く持てない手で「指がなくなるかも」「ごめん」と連絡していました。

安全確認をしなかったのは上司なのに、僕が怒られながら車で病院に連れて行かれました。

到着したのは会社から車で1分くらいの小さなクリニック。

他に患者さんがいたため、すぐに診てもらえず、数分の待ち時間があったんですが『早く治療してもらわないと、指が2度と繋がらない』そんなことを考えていたら、たった数分が途方もないほど長く感じました。

やっと自分の番になり、診察室に行くと『ここで診れる怪我ではありません』と、別の大きな病院を紹介される結果に。

その後は、僕の地元ではかなり大きい病院に行ったんですが、病院は時間外だったので担当医がおらず、誰も僕の治療をすることは出来ない状態でした。

ですが、担当医が病院の近くに住んでいて、すぐに病院に来てくれたので、奇跡的に治療をしてもらえたんです。

『良かった。これで大丈夫だ。』と安心したのも束の間。

治療をしてくれた担当医は「一週間後に指を診てみないと、どうなるかわかりません。最悪の場合は、中指を切断します。」そう言いました。

 

急いで駆けつけてくれたAkaは泣いていたことがバレないように隠れて涙を拭いていましたが、目は真っ赤に腫れていました。

家に帰るとAkaは涙を我慢できなかったようで、泣きながら「2度と会社に行かせない。私が頑張るからもう仕事は辞めて。」僕に言いました。

ですが、転職に苦労して貯金も無かった僕には、会社を辞めるという選択肢はありませんでした。

 

家に帰って安心したのか、麻酔の効果が切れたのかわかりませんが、絶え間なく走る指の激痛に我慢できず、処方された痛み止めを飲んだんですが、全く効果はありませんでした。

寝ようとしても、痛みですぐに目が覚めて…の繰り返しで、気が付けば朝になっていました。

 

怪我をした翌日、会社から電話が掛かって来て「書いて欲しい書類があるから、会社に顔を出して」と言われ、渋々会社に向かいました。

Akaの反対を押し切り、怪我が治ったらまた会社に戻るつもりだったので、会社では痛みや指の不安を隠し、なるべく笑顔を作って上司と話しました。

病院で言われたことを話し終えた後、上司から『問題を大きくしたくないから』と色々な説明をされました。

この時に、無資格で色々な仕事をやらされていた事実を知らされ「無資格だったことは内緒にしといてくれ」さらに、「お前の一方的な不注意と書いてくれ」と嘘の書類を書かされました。

会社に残るつもりだった僕は『問題が大きくなって居づらくなるのも嫌だし、無資格で仕事をさせる職場なんてどこにでもあるよね』そう自分を納得させ、嘘の書類作成に協力しました。

書き終わった後に、上司は薄笑いを浮かべながら「こんな程度の怪我で休むのか?」「元気そうやん?数日で現場に戻れるな」そう言いました。

心配をかけないように無理やり作った笑顔は、逆効果になっていました。

 

なるべく笑顔を作ろうとしていた僕は、顔の筋肉が引きつり、ボロボロだった精神状態をえぐるような言葉を投げかけられ会社に行くことが怖くなってしまいました。

その後、一週間経過した指の状態を診せにAkaと一緒に病院に行ったんですが、この一週間は生きた心地がせず『医師に診せたら指を切られるかもしれない』そう思うと、病院の入口が、地獄の入口のようでした。

気持ちを奮い立たせ、病院の中に入って受付を済ませ、診察の順番を待っている間。

「指は元通りになる!」「指を切断するかも…」希望と絶望が脳内で、絶え間なく争っていました。

そして、ついに僕の順番が来て名前を呼ばれ、医師の元へ向かいました。

何重にもなった包帯を取り、医師がじっくりと僕の指を眺め、僕はそんな医師をじっと見つめ、心臓の鼓動を感じながら、医師の一言を待っていました。

その結果、医師の口から出た言葉は「切断しなくても大丈夫ですね。綺麗に繋がってます。」でした。

その言葉を聞いた時に、全てがどうなってもいいと思えるほど心が安らぎ、診察室の外で待っていたAkaに急いで会いに行き、笑顔で結果を話すことが出来ました。

ただ、ふと我に帰ると『指が繋がる=重量物を扱う危険な現場に戻る』を意味し、完全に傷口が塞がっていない状態でも現場に戻すと言われたことを思い出して、恐怖が襲ってきました。

今までと同じような仕事をすれば、傷口から指が裂けてしまうことが明白だったからです。

 

『元気そうやん?数日で現場に戻れるな』

 

上司が放ったその言葉がいつも僕の頭を支配し、会社に戻ろうと思っていた気持ちは完全になくなり、あれだけ治って欲しかった指も、このまま治らなければ会社に行かなくて済むのに。そう思うようになってしまいました。

上司の言葉で僕の心は折れ、いつしかAkaの『2度と会社に行かせない。私が頑張るからもう仕事は辞めて。』という言葉に甘えてしまおうという気持ちさえ出て来てしまいました。

でも、『辞める』の一言を言ってしまえば、仕事が休みの日に色んな場所でAkaと思い出を作ってきた、そんな楽しかった日々には2度と戻れない気がして『続ける』としか言えなかったんです。

唯一救いだったのは、会社側は当初労災を渋っていましたが、病院側からの要請によって会社が労災を認めたので、休みながらでもお金が貰えたことでした。

でも、労災のお金は永遠に貰えるものではないので、いつかは働かなくてはいけません。

怪我をした指だと今の仕事を続けるのも難しい、転職はもっと難しい。

僕の思い描いていた理想の未来とは程遠い現実になってしまった。

深い闇の中で、今にもおかしくなってしまいそうな僕を救ってくれたのは、大切なAkaの笑顔でした。

 

働けなくなるかもしれない。貯金も無くなるかもしれない。

Aka自身もたくさんの不安を抱えている中、僕が少しでも元気になるように、毎日笑顔を向けてくれる。

もう二度とAkaに心配をかけたくない。二度と悲しませたくない。

 

僕は大きな決断をしました。

本気で働き方を変えよう。

ネットビジネスに本気で取り組むと決めた日

会社で指を怪我して、ただでさえ困難だった転職はさらに難しい。貯金も無い。

僕に残された選択肢は

・今の職場に戻る

・退職して転職先を探す

の2択だけ。

一体どうやったら逃げ場の無いこの状況を変えられるのか…。

 

今の職場に戻ったとしても、怪我をして休んだ僕を上司は怒鳴り散らし居場所は無いだろう。

退職しても正社員の転職先は中々見つからないだろう。

考えれば考えるほど絶望しかありませんでした。

でも、今の職場に戻っても、退職して転職先を探しても、大切なAkaと幸せに過ごしている未来が想像できないなら、いっそ働き方を変えようと思いました。

 

選択肢は2つだけだと思っていましたが、僕には3つ目の選択肢がありました。

ネットビジネスで成功すること。

それは不確かで、今にも崩れてしまいそうな淡い希望。

でも、『心から大切にしたい人を24時間365日ずっと大切にするために』僕の思い描くライフスタイルを唯一実現できる方法は、他に見当たりませんでした。

 

僕は4年前に真面目に実践しても成果が出ず、諦めてしまったネットビジネスに再度挑戦する道を選びました。

 

調べていてわかったんですが、僕たちが最初に挑戦したネットビジネスが『たまたまマルチ商法紛いだった』だけで、ネットビジネスは本来、人に感謝されながらお金が稼げるビジネスだと知りました。

その内の1つが『ブログアフィリエイト』でした。

ブログアフィリエイトは、初心者でも成果が出やすいらしく、人の役に立つ記事を書いて報酬が貰える。

僕がやりたかったネットビジネスはコレだ!と思い、ブログアフィリエイトを実践することに。

ただ、ブログアフィリエイトで成果を出した経験も無ければ、実際に成果を出した人と話したことも無い、会ったことも無い。

本当に成果が出るかなんてわからない。

ですが、マルチ商法の様な手法ではなく、人の役に立つブログ記事を書いて自由なライフスタイルを実現している人は、数えきれないほどこの世に存在しているのは事実。

だから自分たちにも出来る。成果を出すしかない。

たったそれだけの不確かな希望を頼りに、ブログアフィリエイトに人生を託しました。

 

そこからはブログアフィリエイトを独学で1ヶ月くらいやってはみたものの、一向に成果が出る気配がない。

「初心者でも成果が出やすいんじゃないのかよ…全然成果が出る気がしない…。」

どうやって成果を出せばいいのか、調べている時

ブログアフィリエイトは再現性が高く、初心者でも成果は出やすい。

でも、成果を出したことがある人に直接教えてもらって実践しないと、独学では成果を出すのは難しい。

という言葉が目に入りました。

 

その言葉を見た時、例え初心者が成果を出しやすい手法だったとしても、ついこの間まで会社で働くことしか収入を得る方法を知らず、個人でビジネスなんてやったことがない2人が、独学で成果を出すのは不可能ということに気がつきました。

今でこそわかりますが、ネットビジネスの教材には基本的に手厚いサポートが付いていません。

僕たちは、教材を読んでいてわからないことがあった時に作成者に質問をしても返事が来ない、または見当違いな答えが返って来て解決できないという経験をしたこともあります。

わからないところが解決できずに躓いてしまい、ネットビジネスで成果を出すことを諦めてしまう人が多いので、教材だけで成果を出すのはかなり難しいんです。

 

成果を出している人にいつでも質問できて、自分のやっていることは合っているのか間違っているのか、すぐに軌道修正をしてもらえる環境を作っておくことが、成果を出す上ですごく大切なポイントです。

 

なので、僕たちはブログアフィリエイトで成果を出している人を、ご飯を食べている時も探し、良いなと思った人のメルマガには全て登録しました。

ただ、貯金が全然無かった上に、労災で貰えるお金は決まっていたので『1日でも早く成果を出さなくちゃいけない』という焦りが僕を襲いました。

そこで、メルマガ登録をしていた人がどんな人か気になったので、数人に質問のメールをしてみました。

  • 質問の返事がちゃんと返ってくる。
  • わかりやすく教えてくれる。
  • 自分と気が合い連絡が取りやすい。

これらの条件を満たしていないと、コンサルタントと上手く意思疎通ができず、お金を払っても意味がないということもあります。

 

過去の僕たちは『独学で実践せずに教材を購入する』という所までは良かったんですが、教材の作成者に連絡を取らず、『初心者でも真面目に実践すれば成果が出る』ブログに書いてあった言葉を一方的に信じてしまいました。

4年前に成果が出なかったのは教材の作成者にしっかり質問せず、どんな手法かしっかり理解していなかった自分たちに責任があります。

自分たちで教材を購入する決断をしたわけなので、他人のせいにして怒ったり、後悔をしても意味はありません。

 

ただ、2度も同じ失敗を繰り返したくない。

 

僕は会社で指を怪我して労災のお金がなくなったら終わり、貯金も無い、という状態だったので、慎重にコンサルタントを選びました。

メールの返事が無い人もいましたが、その中で1人だけすぐに返事が返ってきて、親切丁寧に事細かに質問に答えてくれて、説明も具体的ですごくわかりやすくて、「どんどん質問送ってくださいね〜!」という人がいました。

このコンサルタントからブログアフィリエイトを学ぶしかない。

コンサルの料金は僕たちの貯金額を遥かに超える金額でした。

もし成果を出せなかったら、理想のライフスタイルを実現するどころか、お金は無くなり多額の支払いだけが残ってしまう。

でも、独学で実践しても成果は出ないし、生きてるだけで貯金は無くなっていく。

貯金が無くなれば、大怪我をしても心配されるどころか怒鳴られ、労災を隠そうとした会社に戻るしかなくなってしまう。

Akaといつも一緒に笑って生きていきたい。その夢を叶えるためなら何だって出来る。

そう心に決めてコンサル料金を支払いました。

 

コンサルタントはブログアフィリエイトで月収30万円を達成した人で、まだ1円の成果も出ていない僕からすれば雲の上の存在。

質問するのは気が引けましたが、遠慮していても成果は出ないと思い、コンサルが始まってからは、コンサルタントに毎日の様に通話やチャットをお願いしAkaと2人で勉強しました。

独学で1ヶ月取り組んでいた時には知らなかった事を、コンサルタントがどんどん教えてくれて、毎日が刺激的。

自分たちが少しずつでも着実に成長していっている事を実感できました。

ただ、ブログアフィリエイトが初心者でも成果を出しやすいとは言っても、楽して簡単に成果を出せるわけではありません。

『絶対に大切なAkaと理想の未来を実現する!』という気持ちとは裏腹に、記事を書くという経験があまりなかった僕は、1記事作成するのに3時間以上かかることも珍しくありませんでした。

思い通りに書けない、でも早く成果を出さなければいけない。

そんな焦りや不安が毎日僕の心を蝕み、苦しめました。

慣れない作業の連続で心が折れそうになった時は、Akaと2人で励まし合い。

「こんな記事を書いたらどう?」とお互い提案しあったり、雑誌の内容を元に記事を書いたり、パソコンの前に張り付いてネタを探したり、家に缶詰状態で作業をしました。

 

1ヶ月後。

2人で毎日毎日頑張った結果、稼げた金額は『8000円』でした。

今から考えれば、1ヶ月頑張ったにしては少ない金額です。

時給に換算すれば、目を背けたくなる金額です。

でも、自分がネットで稼いでいる姿を想像することが出来ず、夢ばかり見ていた僕たちにとって『月収8000円』という金額が少ないとか多いとか、そんな事はどうでもいい。

『ネットでお金が稼げた』という体験が現実なのか夢なのか、わからないくらい嬉しかったんです。

 

4年前に取り組んだネットビジネスでは、1年間経っても報酬は0円でしたが、ブログアフィリエイトは開始1ヶ月目で8000円。

教えてもらったことを素直に実践すれば、面白いようにどんどん報酬が増えていく。

ブログアフィリエイトをしっかりとした熱量で取り組んだらどのくらい報酬が伸びるんだろう。

そんな気持ちでワクワクしながら作業に取り組みました。

最初ブログアフィリエイトで本当に成果が出せるか疑っていましたが、少しだけでも成果が出たことで『成果を出せる!』と確信を持つことが出来ました。

 

貯金が無くなるまでに成果を出さないといけない。という焦りや不安はありましたが『記事を書くのが嫌だなー』とか『もう辛くてやりたくない』そう思うことはありませんでした。

もちろん少しずつ成果が出始めていたというのも大きいです。

過去に取り組んだネットビジネスの手法では、Akaと出かけることや、楽しかったご飯の時間も作業に充てられるように我慢し、ストレスが溜まりながら2人で楽しくない作業をして、報酬は0円。

しかもマルチ商法紛いの手法なので、お金のためとはいえ、絶対にそんなことで成果を出したくない。

4年前と比べれば、自宅のリビングでAkaと隣り合って、シゴトが出来るということが何より幸せだったからです。

理想に向かって2人で記事を書いて、お互いが書いた記事のアクセスが爆発したときには自分のことの様に飛び上って喜び、書いた記事が予想より見られなかったときは励まし合い、2人で改善していく。

そんな毎日だったら楽しいに決まっています。

 

日を追うごとに、最初は2人とも不慣れだった記事の作成に慣れ、効率的にネタを探し、素早い記事作成ができるようになったことで、次第にアクセスや収益も大きくなりました。

ブログ開始当初は、自分が書いた記事が1日100PVだけでも信じられなくて、何枚も写真を撮っていました。

 

2ヵ月が経ち1日1万PVが普通になり、3ヵ月経ち1日1万PV以上が普通になり、1日10万PVを越すことも珍しくなくなりました。

 

ネットビジネスは過去に書いた記事が、今の自分を助けてくれるというのはよくあることで、事前に記事を書いておけば2人の時間を十分に確保できました。

ご飯をゆっくり食べて、作業に疲れた時はカラオケや温泉に行き、作業をしていない間も報酬が発生するようになりました。

1日作業をせず遊ぶ日もありましたが、コツコツ2人で実践した結果。

1ヵ月の総アクセスは約200万PVになり、4ヶ月目には1ブログで月収約70万円を達成することが出来ました。

指を怪我してから、会社から数々の酷い対応を受けました。

ですが、ネットビジネスで成果を出すことが出来たので、どれだけ酷い扱いを受けても絶対に続けると思っていた会社に、退職届を突きつけることが出来ました。

 

僕は、やっと時間とお金の束縛から解放され『24時間365日大切なAkaをずっと大切にする』そんな理想を実現することが出来ました。

今では、自宅のリビングで時間をかけてドリップしたコーヒーを飲みながら、Akaと隣り合って笑いながらビジネスをして、ネットビジネスを通じて知り合った、気の合う仲間だけと付き合っています。

夫婦2人で東京から福岡まで様々な場所へ旅行したり、大切な人にプレゼントを贈ったり、気分転換に平日の昼間から目的地を決めずに2人でドライブしたり。

会社員時代からは想像も出来ないようなライフスタイルを過ごしています。

 

Akaが会社で辛く悲しい仕打ちを受けたことがきっかけで、僕たちは『大切な人を24時間365日大切にできる。』そんな理想を持ちました。

その理想を実現し、叶えるまでに4年間という長い時間がかかり、23歳だった僕は27歳になりました。

でも、どれだけ時間がかかっても、どれだけ挫けそうになっても諦めなかったから、ようやく理想を実現することが出来ました。

指を怪我した時、働き方を変える決意を本気でしていなかったら、今も怪我した指を酷使して、嫌な上司に理不尽なことで怒鳴られながら、会社で働いていたと思うと背筋がゾッとします。

大切な人を本当に大切にするために

僕自身は理想を実現することが出来ましたが、この世界には大切な人を心から大切に出来ていない事に気付いていない人が多いと思います。

・一秒でも早く仕事を終わらせて大切な人と会いたいのに会社の命令で残業するしかない

・朝起きてから寝るまで大切な人と離れたくないのに休日出勤ばかり

・大切な人が落ち込んでいるときは側にいたいのにお金のために会社に行くしかない

こんな風に悩んだ経験がありませんか?

 

理想を実現する前の僕は、退屈な会社の飲み会や薄給で、自分の未来に希望が持てず、毎日将来の心配をしていました。

夫婦2人の大切な記念日に休みを貰えるかな。

子供が出来たら家に帰れなくなるくらい残業して頑張らなくちゃ。

大切なAkaとの約束を破ってまで、会社の飲み会に行きたくないな。

でも、こんな風に多くの不安や悩みを抱えながら生きているのは僕だけじゃないと思います。

 

大切な人の記念日も休むことは出来ず一日中仕事。

子供が出来てもお金のためと長時間の残業をする。

退屈な飲み会は自分の意思に関係なく強制参加。

そんなことは当たり前ですよね。

 

大企業でも一生安泰ではなくリストラが珍しくなくなり、仕事はどんどん効率化されていき、人間の仕事は機械に奪われ、職を追われる人もたくさん出てくるでしょう。

ですが、そんな時代が来たとしても、個人でビジネスをして収入をコントロールできる力をつければ、大切な人と24時間365日笑いながら過ごすことが出来ます。

なので今の僕は、将来子供が出来て必要なお金が増えても、不安なことなんて何一つありません。

 

もし、Akaが会社で辛く悲しい経験をしていなければ、ネットビジネスを始めようと思わなかった。

もし、マルチ商法の様な手法に出会わなければ、ブログアフィリエイトのすごさがわからなかった。

もし、指を怪我していなければ、本気でブログアフィリエイトを実践しなかった。

そう考えれば、全ての経験は僕の人生に必要だったと断言できます。

 

1年以上経った今も、左手の中指は怪我をする前の見た目には戻らず、完全に曲げることも出来ないし、他の指より痛みに敏感で自分の指ではないような違和感もある。

でも、指の怪我がなければ変われなかったのも事実です。

不自由な中指は僕の恩人のような存在になっています。

 

今こうして『心から大切にしたい人を24時間365日ずっと大切に』出来ているのも、過去の辛い経験があったからです。

ですが、それはただのきっかけでしかありません。

人それぞれ、きっかけは違うかもしれませんが、理想のライフスタイルを実現することは誰にだって可能だということです。

 

ネットビジネスで理想のライフスタイルを実現するために学歴、スキル、才能、年齢、性別、何も関係ありません。

生まれ持ったモノや、置かれている環境は関係なく、諦めずに正しい努力をし続けた人が報われる世界です。

僕たちは4年間、ネットビジネスで成果を出せずにもがき苦しみました。

僕たちが成果を出せた理由は、抜群のビジネスセンスがあったとか、すごい人脈があったとかではなく、ただ4年間諦めなかっただけです。

努力をしたと言っても、成果が出る知識を得るために投資をして、コツコツ実践する。

 

ただこれだけです。

 

これってネットビジネスに限らず、スポーツとか勉強でも当たり前です。

有名大学に合格した人も、最初から頭が良かった人ばかりではなく、お金を払って予備校に通い、指導してもらったことを素直に聞き入れて、努力したから大学に合格出来ているんです。

今活躍しているプロのスポーツ選手も、小さい頃からお金を払ってクラブチームや教室に入り、実力者揃いの環境で、一流のコーチの元で毎日必死に練習をしているからトップレベルになれるんです。

それと全く同じです。

イチロー選手とか本田圭佑選手が「毎日練習めんどくさいなー」なんて言っているわけないですから。

ただ、スポーツの場合は年齢的な面や身長などの面で、毎日必死に努力をしても夢が絶対に叶うとは言えませんが、ネットビジネスの世界は正しい行動で継続すれば必ず成果が出ます。

自分の未来を変えられるのは自分だけです。

自分の理想を叶えられるのも自分だけです。

次は、あなたが『24時間365日大切な人を大切に出来る』ライフスタイルを実現する番です。

 

大切な人と一緒にシゴトをするのが楽しくて仕方がない、毎日大切な人のことを心から大切に想える。

大切な人を24時間365日心から大切にしたい。

そんな僕たちの理想に共感していただけるなら、僕たちと一緒に世界を変えていきませんか?

 

大人が変わらないと、子供も変わりません。

誰も変わらなければ、世界を変えることなんて出来ません。

僕は指の怪我がきっかけで人生を変えようと決断して行動し、その結果『心から大切にしたい人を24時間365日ずっと大切にする』そんな理想を叶えることが出来ましたし、指の怪我を『人生のターニングポイント』とプラスに考えることが出来ました。

あなたが僕たち夫婦のブログを読んで、決断し行動して、あなたが望む方向に人生が進む。

そして『僕たちのブログを見たことが人生のターニングポイント』となることを願っています。

 

心から大切にしたい人を24時間365日ずっと大切にするために。

そんな僕たちの理想に共感していただけたなら働き方を変え、僕たちと一緒に理想の未来の実現に向けて頑張っていきましょうね!

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