Akaのプロフィール

はじめまして、Akaです!

 

わたしは現在、住み慣れたお家のリビングで好きな音楽を聴きながらだったり、愛猫を膝の上に乗せて癒されながら旦那さんと隣同士でシゴトをしています♪

 

どんなシゴトなのか?というと【インターネットを使ったビジネス】です。

 

わたしたちと同じ夢を持った方々の理想を実現するためにコンサルタントとしての活動をしている他、ブロガーとしても活動しており、旦那さんと二人三脚でコツコツ記事を書くなどして、実践3ヵ月目には月間100万PVのブログに成長しました!

その甲斐あって調子の良い時には、いくつか書いた記事の総PVが190万を超えて月収70万円ほどの収入を得たこともあります!

 

心から大切にしたい人を24時間365日、ずっと大切にするために

わたしが今の“シゴト”を選んだきっかけや、これまでの経歴なども紹介させていただきます!

 

ヘビーな内容が含まれている部分もありますが、今は旦那さんと夫婦2人で楽しく毎日を過ごしているので、深刻な顔をせずに読み進めていってくださいね〜!

 

問題児な高校生

1992年9月9日に誕生したわたしは、周りと同じように小学校・中学校を卒業し、色々な資格を取れることから就職に有利だという理由で商業高校に入学しました。

生活していくのにどれだけのお金がかかるか?ということも知らなかったわたしは、

「卒業したら就職して貯金して、好きな人と結婚したらマイホームを建てて、ミニチュアダックスを飼って、子供は3人くらい産んで、周りの人たちみたいに普通に生きていければいいかな~」

という考えで高校生活を楽しんでいました。

 

高校3年生の夏に出会った男性と付き合って、バイトをしながら彼氏と遊ぶ時のお金を稼いだり、バイト代で彼氏へのプレゼントを買ってサプライズしたり。

もう本当の本当に、どこにでもいるような高校生ですよね(笑)

 

わたしは、本当に彼氏のことが大好きでした。

お互いの休みが土曜日と日曜日だったということもあり、休日は迎えに来てもらって、朝から晩までずっと一緒にいたり。

学校にいる間は机の下でこっそりメールを送ったりしている時に先生にバレて、怒られて携帯を没収されちゃったり…

大好きな彼氏との連絡手段を絶たれたわたしは先生に反発して、携帯を返してもらわないまま帰宅して後悔したこともありました(笑)

(ちなみに、この時の彼氏が今の旦那さんです♪)

 

そんな問題児だったわたしは、さらに先生を困惑させるようなことをしてしまいます。

 

半袖だったカッターシャツが長袖に変わり、就活や受験に追われてクラス全体がピリピリした雰囲気になりました。

この間まで放課後に一緒にカラオケやファミレスに行って遊んでいた友達からの誘いもなくなってきているにも関わらず「就職しても進学しても彼氏に会えないから」という安易な考えで、フリーターとして卒業する宣言をしていました。

 

頑固なわたしは「フリーターになる」と決めたことを曲げられず、先生に何を言われても聞く耳を持たなかったので、何度も進路指導室に呼び出されました。

挙げ句の果てに母親も学校に呼び出され、三者面談をすることになったんですが「働かない」の一点張り。

 

そんなわたしですが、母親の「お金がなかったら彼氏に愛想尽かされるかもよ」その一言で、彼氏と一緒にディズニーランドやUSJにも行きたいし、記念日やクリスマス・誕生日にはプレゼントがしたいけど、お金がないと何もできない…ということに気が付きました。

母親の一言がきっかけで、わたしが5歳の時に父親と離婚してから今までずっと女手一つで、わたしを含め3人の兄妹を育ててきてくれた母親に恩返しができないということにも気付きました。

 

なので、ようやく就職活動をする気になりました。

 

バイト代も半分以上を母親に渡していたんですが、会社で働けばバイト代の倍以上の金額を渡せるかもしれないし、そう考えるとフリーターになるよりも母親に楽をさせてあげられる!と思い、卒業式まで残り少ない日数を就活に費やしました。

 

結局、卒業式ギリギリで就職先が決まり晴れて社会人となります。

 

会社員時代の話

わたしが初めて就職したのは、大企業でもなく小さな企業でもなくごくごく“普通”の会社でした。

 

資本金は忘れましたが、基本給は16万円だったし、企業を拡大するために新しい工場を建てたばかりで職場はピカピカ♪

配属先がまだ決まっていない最初の1ヵ月は、色々な部署で研修をして、その後は、新入社員それぞれが合いそうな部署に配属されるという、いたってシンプルで、これも普通の会社って感じですよね!

自分の仕事が終わったら、同じ事務所にいる上司とのおしゃべりタイムか、仮眠・工場内のお散歩タイムが始まります。

…っていうのは普通じゃない気がしますが(笑)

 

お給料も良いし、事務は残業もないし、土日が休みだから旦那さんと過ごす時間も、遊ぶお金も確保できるし、今まで苦労させてきた母親に楽をさせてあげられるかもしれないし…!

最初は乗り気じゃなかった会社員生活も、なんら不自由なく楽しんでいました!

 

ですが、新入社員歓迎会に行ってから疑問点が多々出てくるようになります。

 

まず、お酒に酔った上司。

当時18歳だったわたしにお酒をすすめてくるし、キャバクラと勘違いしているのか、1人用の椅子に一緒に座らされました。

肩やら腰に手をまわされながら「今度の休みに遊びに行こうよ~」と誘われ、彼氏がいると断っているのにしつこいし…

二次会でカラオケに行ったんですが、その時も当たり前のように1人用の椅子に無理矢理一緒に座ってきました。

離れたかったので「ちょっとお手洗いに…」とトイレに向かったら、ついて来て男子トイレに連れ込まれそうになったときは「人生終わったな。」と思いました。

 

恐怖の中で思い浮かんだのは、大好きな旦那さんの顔でした。

 

わたしは何も悪くないのに旦那さんにこのことを話したら別れようって言われるのかな…とか、良からぬことまで考えてしまって、本当に涙が出そうになりました。

 

ちょうど男子トイレから出てきた同じ職場の人のおかげで連れ込まれずに済んだんですが、その人がトイレに行ってなかったらって思うと今でも吐き気がするくらいです。

しつこい上司は、自分の思い通りにならなかったことが気に入らなかったみたいで怒って帰っていきましたが、わたしはめちゃくちゃ安心しました。

 

この件について人事の方に相談していたので、しつこい上司の部署には配属されなかったんですが、配属された先の係長がまたまた厄介な人でして…

 

毎日毎日食事に誘われて、彼氏がいるからと断れば「この俺が誘ってるのに断るのか」とか「お金出すからディズニーランド行こうよ~」とか。

このことについて旦那さんに相談したところ「彼氏が怒るからって断れば良い」と言ってくれたので、そのように誘いを断っていたんですが、通用しませんでした…

 

さらに酷かったのが、わたしが断り続けたのが気に入らなかったのか彼氏がいることを知ってるのに、同じ部署の男性とくっつけようとしてくるんです。

係長に何を吹き込まれたのかわかりませんが、男性はその気になってるし…

旦那さんのことが大好きすぎたわたしは、もうこの時点で「ここで働きたくない」という思いが出始めました。

 

ただ、仕事自体は好きだったし、会社を辞めてしまったら旦那さんと過ごす時間は増えるかもしれないけど、遊んだりするお金が確保できなくなる。それに、お母さんに楽をさせてあげられない。

そう考えたわたしは、会社に行くことを反対されると思い、旦那さんや家族に相談をせずに我慢をしながら毎日出勤していました。

 

会社で嫌なことがあったとしても、働いていればお給料は確実に入ってきます。

 

給料日に自分の口座を確認しに行き、母親に渡す分と家族で外食する分を降ろし、美味しそうにご飯を食べている家族を眺める。そして、その帰りに旦那さんへサプライズするためのお菓子作り用品を買いに行くことだけが楽しみでした。

わたしの人生のどん底

わたしは、会社関係の悩みを誰にも相談しなかったことから「自分で解決しなきゃ」と殻に閉じこもるようになりました。

 

全てのことを悪い方向に考えてしまうようになり、大好きな旦那さんと遊んでいる時も心から笑えないほど負の感情に押しつぶされていました。

 

会社での出来事を話せば自分は楽になるかもしれない。

 

でも旦那さんや家族を傷つけてしまったり不安にさせるようなことはしたくない。

 

なので、喉まで出かかっている「助けて」という言葉をグッと飲み込んでいました。

ただ、旦那さんと一緒にいる時だけは安心できるのか「動物園に行きたい」とか「たこ焼きを食べたい」という些細なことだったとしても、ちゃんと自分の意思を伝えることができて旦那さんもそれにしっかり応えてくれたので、なんとか自分を見失わずにいられました。

 

一週間の内、5回会社に行けば2日間は旦那さんと一緒に過ごすことができます。

ですが、旦那さんという存在がわたしにとって唯一『安心できる場所』だったので、会社に行かなくてはいけない平日の5日間が長すぎました。

 

旦那さんと一緒にいられる2日間の休日はあっという間に終わり、出勤時間を告げるアラームが鳴り響く。

 

アラームの音を聞くと体が拒否反応を示すのか、お腹や頭が痛くなる。

 

お腹や頭が痛いのも、数々のセクハラ・パワハラを受けても我慢して会社に行っていましたが、わたしは辛いことを全部ひとりで抱え込めるほど強い人間ではありませんでした。

 

いつもの時間より早く出勤した日、会社の駐車場を見てみると、出勤している人が少ないためかガラガラで、自分の心の中を見ている気持ちでした。

広いのに車が数台しかない駐車場に1人で立っていると、急に何もかもがどうでもよく思えてしまったんです。

 

いつもと同じ入り口。

いつもと同じ廊下。

いつもと同じ更衣室。

 

いつもならパートのおばちゃんたちがワイワイおしゃべりをしていて、うるさいくらい賑やかなんですが、この日は誰もいなくて静かでした。

 

そして、いつもなら着替え終わったら自分のデスクに直行するんですが、気付いたら暗くて誰もいない更衣室の片隅で自傷行為をしていました。

 

本気で全てを終わらせようと思っていたわけではなかったので、大した傷ではありませんでした。

ですが、これまでどこにもぶつけることができなかった感情を自分の腕にぶつけてしまったんです。

この時は、旦那さんの顔が思い浮かぶこともなく、ただただ『痛い』と感じることで生きているんだということを実感していました。

そんな行為をした後、ふと我に返るんですが、その時に自分の傷ついた腕を見て「何でこんなことしたんだろう?何の意味があるんだろう?」と、また自己嫌悪に陥って自傷行為を繰り返しました。

 

「やってはいけないことだ」ということはわかっているし、何の意味もないことだってわかっています。

ですが、自分の感情をコントロールすることができなくなっていたわたしは、自傷行為をすることで「痛い。辛い。悲しい。」と感じることができたので自分を傷つけることをやめることができず、傷が増えていってしまったんだと思います。

わたしのことを大切に想ってくれている旦那さんや、今まで迷惑をかけてきた母親に迷惑をかけたくない。

という思いから、夏の暑い日でも自傷行為がバレないように長袖のTシャツを着ていました。

徐々にご飯を食べられなくなってきて、お酒を飲まないと眠ることもできません。

お酒を飲んだとしても眠りにつくまでに時間がかかるため、睡眠時間はだいたい2〜3時間あればいい方でした。

出勤時間が迫ってくればお腹や頭が痛くなり、睡眠時間が短いから、いつでも睡魔が襲ってきます。

わたしのデスクの引き出しには多量の鎮痛剤と強強打破(眠気覚まし)が入っていて、それがわたしの精神安定剤になっていました。

鎮痛剤に関しては、服用時間と錠剤の個数を無視し、どこかが痛いわけでもないのに飲んだりもしていました。

 

こんな生活をしていたので、頬が痩せこけ、目の下のクマが酷くなり、肌や髪の毛のハリは失われ…

まだ18歳なのに見た目は30代くらいになっていたんじゃないかと思います。

 

会社での出来事を母親や旦那さんに相談しないで隠していましたが、見た目や雰囲気が変わってしまったら隠すのにも限界がありました。

 

じっとしてても汗が出てくるほど暑い季節なのに、自傷行為の傷を隠すためにいつでも長袖のTシャツを着ている。

家族とも目を合わすことなく帰宅したらすぐに部屋に閉じこもってご飯も食べずに泣いている。

深夜に部屋から出たと思ったら冷蔵庫からお酒を取り出して1人で飲んでいる。

 

そんな行動に違和感を感じていた母親に自傷行為がバレたのは、たまたま気分が良かったから食器を洗っていた時でした。

 

食器を洗う時に濡れてしまうので、長袖のTシャツの袖をまくっていたんですが、母親は傷だらけになったわたしの左腕を一瞬だけ見ました。

目と鼻を赤くさせながら無理矢理つくった笑顔でわたしを見て「やっぱりそんなことだろうと思ったよ~」と抱きしめてくれました。

 

抱きしめられて母の顔が見えなくても、泣いていることがわかりました。

 

母の肩が震えていたから。

 

自傷行為はやってはいけないことだから、傷を見られたら怒られる。そう思っていたわたしは、母親の思いがけない行動に驚きました。

 

これから会社で辛いことがあっても、一人で抱え込まなくていいんだ。

 

辛かった沢山の出来事や感情がわたしの脳裏を駆け巡り、今まで一人で抱え込んで我慢してきた感情が涙と共に溢れ出しました。

 

今まで大切に育ててきた娘が自らの体をどれだけ傷つけても、いつもと変わらない笑顔で受け入れてくれた母親を見て、旦那さんにも話すことを決意しました。

 

心配をかけたくない。

不安そうな顔を見たくない。

旦那さんだけには嫌われたくない。

 

でも、隠し事をしながらこの先ずっと付き合っていくのは申し訳ない。

 

直接会って話をしようと思っていたんですが、中々言い出すことができずにいました。

 

旦那さんに嫌われるのが怖くて目を合わすことができず、下手なことを言ってしまわないようにと喋ることもできませんでした。

 

いつもと何か違う。と察したのか、旦那さんはわたしを見つめ、暑いのに長袖のTシャツを着ているわたしの袖を捲り上げました。

バレたら愛想つかされて別れ話をされる。と自分で勝手に決めつけていたんですが、傷を見た旦那さんは別れ話をするどころか「自傷行為をするまで気付いてあげられなくてごめん」と、わたしに対して謝ってくれました。

 

その時、わたしの閉ざされてしまった心の扉の鍵が外れ、ギーッと音を立てながらゆっくり開きかけました。

ですが、旦那さんに会社での出来事を話すにつれて「明日から会社に行かなくてはいけない」ということを思い出し、全てを話すことができずに心の扉はパタンと閉まってしまいました。

 

母親や旦那さんが気付いてくれたおかげで心が軽くなった気がしましたが、再び地獄の底に突き落とされることになります。

 

 

わたしの自傷行為が会社にバレてしまいました。

 

異常な行動をする変な奴。

気に触るようなことを言ったら何をしでかすかわからないから近づかない方がいい。

 

職場の人たちの会話が聞こえてきた時は背筋がゾッとしました。

 

それからというもの、わたしに対する扱いがあからさまに酷くなりました。

仕事内容は事務から雑用に変わり、たくさんいる従業員は誰1人としてわたしに近づこうとしません。

それどころか「あんたはゴミだ」「邪魔だから会社に来るな」というような言葉を投げつけてきた人もいます。

 

わたしは、会社での出来事があってから旦那さんのことを考える余裕もなくなり、一緒にいても心から笑うことができなくなってしまいました。

 

ですが旦那さんは違いました。

 

わたしがどれだけ涙を流しても、目を合わせることすらできなくても、喋れなかったとしても、そばにいてくれるだけではなく、少しでも気晴らしができるようにと、わたしのことをいつでも考えて大好きな動物園やお店など色々なところへ連れて行ってくれました。

お金では絶対に買えないモノをたくさんくれたのに、わたしはどこに行っても何をしてても心から楽しむことができず、笑顔をつくることすらできませんでした。

それでも休日になると三重県から飛んで来てくれる旦那さんがいてくれたから「人生も何もかも全て終わらせよう」という考えには至りませんでした。

 

ただ、旦那さんは三重県に住んでいるので、お互い休日じゃないと会うことが難しく、心を休ませる時間が短すぎたために旦那さんが三重県に帰って休日が終わろうとする頃に「あぁ、明日からまた会社に行くのか」と考えると胃がキリキリと痛み始めます。

 

会社に行く度に心身共にボロボロになっていくわたしを見た母親が言いました。

 

「お母さんは苦しめるためにあなたを産んだわけじゃないし、苦しんでるあなたを見るのは辛い。こんなに辛い思いまでして働かなくてもいい。」

 

わたしが5歳の時に父親と離婚して以来、ずっと女手一つでわたしと兄妹の3人を育ててくれた母親は、朝から晩まで働きづめで相当大変な思いをしてきたことは知っています。

 

昔と違い年齢を重ねたことで体力が落ちてしまっていること。

職業病で右手が腱鞘炎になってしまって箸を持つのも辛いこと。

甲状腺の病気で、あまり動いてはいけないのに生活費のために頑張っていること。

 

わたしが会社を辞めてしまったら、わたしのために自分の身を削ってでも無理をするに決まっています。

ですが、わたしはわたし自身のことでいっぱいいっぱいになっていたため、働かなくていいという言葉を聞いた時に母親の心配をすることより「会社を辞めたい」と思ってしまいました。

 

「働かなくていい」と言ってもらってからも休まず出勤していましたが、会社からの扱いが豹変したことで、わたしの精神状態は悲惨なことになっていました。

 

毎日死んだ魚のような目をしながら帰ってくるわたしを見かねて、母親はしびれを切らしたように「お母さんもう行く」と言って、わたしを連れて会社に乗り込みました。

しばらくロビーで待たされた後、広い会議室に案内されたんですが、そこには会社のお偉いさんが5人ほどいて、人と話すことが出来なくなっていたわたしは、母親の隣で黙って座っていました。

 

会社の人と母親の会話は全く覚えていなくて、お互いに怒鳴り合っている感じの風景だけが印象に残っています。

 

話し合いが終わって、会議室を出た後に母親から「荷物を取りに行くから更衣室とデスクまで案内して」と言われて、一緒にわたしの私物を取りに行きました。

荷物を取りに以前使っていたデスクに向かって誰もいない廊下を歩いている時「辞めさせられちゃったんだ」と察しましたが、言葉を発することもできずに黙って母親を誘導しました。

 

わたしのデスクの引き出しを開けた母親は、おびただしい数の鎮痛剤と眠気覚ましを見て驚いた顔をしていましたが、何も言わずに回収してくれました。

後に母親から聞いた話なんですが、会議室での話し合いで「こんな問題行動を起こす人間は、この会社には必要ないので今すぐ会社から去ってください。」と言われたらしく、本当に信じられませんでした。

わたしは、この話を聞いた時に「何のために今まで我慢してきたんだろう。辛いことを誰にも打ち明けずに笑顔を作ってきたんだろう。何でわたしばかりこんな目に遭わないといけないんだろう。」そんな気持ちでいっぱいになり、辛くて悲しくて悔しくて…

だけど、今にも溢れ出しそうな涙をこらえながら出口へ向かいました。

 

母親と一緒に出口へ向かいながら、会社で酷い仕打ちを受けてまで我慢して働いていた理由を考えたんですが、最初は「普通の生活を壊さないため」に頑張っていると思っていました。

ですが、本当はお金や普通の生活なんてどうでもよくて、酷い仕打ちを受けたからといって辞めてしまえば、会社に負けてしまうからというちっぽけなプライドを守るために我慢して頑張っていたことに気が付きました。

 

私物を回収し終えて、建物の出入り口から一番近いお客様駐車場に停めてある車に乗る頃には外がもう真っ暗で、会社の前の道路を走っている車のライトが眩しく光っていました。

会社の門を出たら安心したのか、今まで我慢していたモノが大粒の涙となってドッと溢れ出し、母親も一緒に泣いてくれて、2人して号泣。

一生分泣いたんじゃないかと思います。

 

会社を辞めて解放されたことに安心したものの、これからどうやって生きていけばいいのか?という不安が襲ってきます。

 

退社したわたしを待っていたのは厳しく残酷な現実でした。

生きていくには絶対にお金が必要なので、小雨がパラパラと降る中、母親に連れられて失業保険を貰いにハローワークへ行きました。

会社であった出来事を教えてほしいと言われたので、思い出したくなかったけど泣きながらセクハラやパワハラの話をしたところ「まぁそれは会社員だったら普通だね」と言われ、言葉を失いました。

さらに、入社してから5ヶ月しか会社に勤めていなかったため、失業保険ももらうことができず「こんなことならハローワークなんて来なければよかった」と後悔しながら帰宅しました。

 

ハローワークの人に、会社での言葉では表せないほど悲惨な出来事を「普通だから」と言われたことがきっかけで『“普通”って何なんだろう』と考えることが多くなりました。

 

今の日本人って、男女問わず『高校や大学を卒業したら会社に勤めて働くのが“普通”』という考え方をしている人がほとんどだと思います。

でもそれって、小さい頃から周りに言われてるから、その考え方が正しいんだという風に信じ込んでいるだけなんじゃないでしょうか?

セクハラやパワハラなどで心に傷を負ってしまったことがある女性ってこの世の中には多いと思います。

「普通のことだ」とハローワークの職員さんは言いましたが、セクハラやパワハラが普通だとは思えないし、思いたくもないですよね…

 

辛く悲しい会社員生活に幕を下ろし、ようやく会社から解放されました。

 

会社に行く時間を告げるアラームを聞かなくていい。

毎朝頭痛や腹痛に襲われながら深呼吸をして握った地獄の会社へ通ずる玄関のドアノブに触れなくていい。

それなのに、目が覚めてからカーテンを開けることもせず、ただひたすらボーッとしている。

何も見えない真っ暗な部屋で人形のようにじっと動かずにいました。

 

そんな状態にもかかわらず、不思議とスッキリした気持ちに近づきつつありました。

なぜなら、「世の中の普通」が間違っていることに気付けたからです。

 

仕事はない。

心はボロボロ。

 

だけど、大切なことに気付けたわたしは、誰よりも自由になれた気がしたんです。

 

どん底にいたわたしを救ってくれた光

会社で受けてきた数々の辛く悲しい仕打ちを思い出して退職後も精神状態は全然良くならない。

さらに、家族との大切な思い出がたくさん詰まった住み慣れた家はもうどこにもありませんでした。

 

出勤時間を告げる恐怖のアラームが鳴り響く部屋

会社での出来事を思い出し、毎日泣きながら入ったお風呂

家族にバレないように自傷行為をしたトイレ

 

会社で過ごした悲惨な日々とともに変わり果て、息ができないほど苦しい場所になっていました。

 

真っ暗にした部屋の片隅で、毎日息を潜めて泣いているわたしを見た母親が『会社がある地元を離れて、家族以外で唯一話をすることができていた彼氏といればリフレッシュできるんじゃないか?』と考え、三重県に住んでいる旦那さんのところへ行くことを提案してくれました。

 

会社を辞めたわたしは毎日が休日なのに、会えるのは旦那さんが休みの土日だけ。

会えない日は毎日電話やメールをしてくれていましたが、それだけでは物足りなくて寂しかった。

 

住み慣れた家は会社での辛い出来事を思い出すだけの地獄と化してしまったため、母親の提案は青天の霹靂でした。

 

わたしはもちろんその提案に賛成し、旦那さんも快く受け入れてくれたので、三重県で2人の新生活が始まりました。

 

旦那さんの家の周りには緑がとても多くて家の前には芝畑が広がっているようなドがつく程の田舎で、良く言えば「自然に囲まれているのどかな場所」です。

車通りが少ないため、排気ガスの匂いもしない綺麗な空気。どこを見ても視界には山がある。空気が澄んでいるから遠くの方にある山までよく見える。

そして、後ろを振り返ると、会社での悲惨な出来事をきっかけに地獄と化してしまった家ではなく、旦那さんが毎日生活をしている家がキラキラ光って眩しく見えました。

 

わたしは、自傷行為をしてからというもの会社で好奇の目に晒され続けました。

一歩外に出れば道ゆく人全員があざけ笑っているような気がして、旦那さんや家族以外の人の目が気になり、それが赤の他人でわたしのことを全く知らなかったとしても仲の良かった友人だったとしても、人という存在が恐怖の対象でしかありませんでした。

地元の愛知県とは距離があり、歩いてる人も滅多に見ないようなところだし、少し移動すれば野生の猿や鹿が出現するような場所なので、徐々に外にも出られるようになりました。

 

三重県に来てからは、お酒を控え、何時だったとしても食べたいと思った時に食べてみる。という感じで、どん底の会社員時代からは考えられない生活をしていました。

その結果、少しずつではありましたが、お酒を飲まなくても寝られるようになったり、旦那さんと一緒に食事ができるようになりました。

会社にいた頃の辛くて悲しい記憶を思い出して涙を流したこともありました。

ですが、わたしのそばで、ちゃんとわたしを見つめていてくれる旦那さんがいたので、自傷行為をしてしまうこともなくなりました。

 

これほどまでにわたしのことを大切に想ってくれている。

 

それなのに、わたしは自分のことでいっぱいいっぱいになってしまっていた。

わたしはこの人のことを大切にできていなかった。

それがわかったので「この人のことを、これからずっと大切にしていきたい!」と思いました。

 

地元を離れて、家族と離れ離れになるのは少し寂しかったんですが、辛い思いをして誰にも相談できずに我慢をしながら会社に通っていたことを思い出すと、大好きな旦那さんと一緒に過ごしながら心から笑えるということだけで、わたしの心は幸福感で満たされていきました。

そして、自分にとっての普通はどうあるべきなのか?という答えに辿り着きました。

 

旦那さんとずっと寄り添って生きていく。

 

わたしはこの人に心配そうな顔をさせるのではなく、笑顔にしてあげるんだ。

 

答えを導き出すことができたわたしは『大切にしたい人を24時間365日ずっと大切にしていく。』というライフスタイルを手に入れたいと思うようになりました。

どうやったらそんなライフスタイルが手に入れられるのか?と考え始めた時に出会ったのが【インターネットを使ったビジネス】というものでした。

 

努力は必ず報われる!

大切にしたい人を24時間365日ずっと大切にしていくためにはどうすればいいのか?と考え始めたわたしに、旦那さんがある相談をしてきました。

 

その相談というのが『インターネットを使ったビジネスをしてみたい』内容のものでした。

 

わたしは最初にそのことを聞いた時、なんのことやらサッパリで頭の上にはいくつものはてなマークが飛び、理解をするのに時間がかかりました。

ですが、旦那さんが何度も説明してくれて、やっとの事で理解できた時には「わたしの理想のライフスタイルを手に入れるためにはこれしかない!」と確信しました。

 

旦那さんは、会社で辛く悲しい経験をしたわたしに「俺が頑張るからAkaは働かなくていい」と言ってくれていましたが、わたしの分の支払いがプラスされたことで貯金が増えなくなりました。

以前はブランド物のジーパンを履いていたのに、しまむらの服を愛用するようになった旦那さんを見れば、1人で頑張っていても家族が増えたら生活ができなくなってしまうという現実から逃れられないことは明確だったんです。

 

家にいながらサラリーマン以上の月収が得られるなら、旦那さんが外で働く必要がない!

 

・・・ってことは、旦那さんとずっと一緒にいられる!

 

もう寂しい思いをしながら「いってらっしゃい」ってお見送りしなくて良いのか!!!

 

それどころか、2人でおしゃれして好きな時に旅行もできる!!!・:*+.\(( °ω° ))/.:+

 

そんなことを考えると、いてもたってもいられなくなり、旦那さんの手を握りながら1人で飛び跳ねていました(笑)

 

 

旦那さんは、わたしが会社で辛く悲しい経験をしていたことを知っているので、家では会社の話をしないようにしてくれていました。

ですが、朝家を出るときに「いってきます」という声が暗かったり、夜は2杯も3杯もおかわりする大好きな白米を、朝は1杯も食べなかったり…

ふとしたときに旦那さんを見てみると、どこか悲しげな表情をしていることもありました。

 

言わないだけで、会社で何かしら嫌なことがあったのかな?とは思っていました。

 

家から出ずに2人で一緒に仕事ができるなら、悲しげな顔をさせなくて済むかもしれない!

心から大切にしたい人を24時間365日ずっと大切にするためには、もうこれしかない!

 

理想のライフスタイルを実現できるなら「やる」という選択肢以外ありませんでした。

 

 

インターネットを使ってビジネスができると知ったわたしは、すぐに旦那さんに会社を辞めてもらい、数あるネットビジネスの中でも“簡単に成果が出そう”なものに2人で挑戦してきました。

でも「簡単に成果が出そうだから」という軽い気持ちで参入したためなのか、何をやっても成果が出ませんでした。

 

会社でズタボロになった心身も回復してきて、闇の中でもがいている時に差し込んできたネットビジネスという光を見失いたくない。

何より、どん底にいたわたしに手を差し伸べてくれた『心から大切にしたい』と思える旦那さんのそばで一緒に笑いながらビジネスができるということに喜びを感じていたので、わたしとしては、成果が出ていなくても諦める気なんて全くありませんでした。

 

そして、いくつかのネットビジネスに挑戦したんですが、相変わらず成果が出ないままあっという間に月日が流れました。

 

このままでは生活していくのも危うくなるという状況になってしまったため、旦那さんは「ネットビジネスを諦める」と言って職場を探して働き始め、世間で言う“普通”の生活をするようになります。

ですが、わたしはどうしても、旦那さんが会社で働いて、お金には困らないかもしれないけど2人で過ごす時間が減ってしまう生活が“普通”だと思いたくなかったんです。

ただ、会社で働くことで毎月安定した収入を得られるということで、旦那さんがプロポーズをしてくれました!

 

2016年5月。

 

わたしは『大切にしていきたい』と心から思える旦那さんと家族になることができました♪

 

結婚できたことは涙が出るほど嬉しくて、将来は旦那さんとの子供を産んで幸せな家庭をつくりたいな~とか、そういった感じの夢も見ていました。

ですが、それよりも『旦那さんと1分でも離れず、ずっと一緒に過ごしたい』という思いの方が強かったので「旦那さんが外で働いてる間に、わたしが何とかして成果を出す!」と意気込んで、初心者でも成果が出やすいという【アドセンスを使ったアフィリエイト】に挑戦することにしました!

 

アドセンスアフィリエイトをやろうと決めたのは、雨の日が続き、外も家の中もジメジメしてて気持ちが悪いけど、アジサイが綺麗な花を咲かせる6月のこと。

 

今までネットビジネスで成果を出したことのないわたしたちが、独学で稼ぐ仕組みを理解して良い結果を出す未来は見えない。

本を読むことも苦手なのに、教材を何度も読み込むのに時間がかかりすぎて実践することにたどり着けない。

 

そう思ったわたしは、旦那さんが会社に行っている間は1人で、帰って来たら一緒に勉強と実践をし続けました。

 

アドセンス審査に関して書いてあるブログを探し、片っ端から記事を読み込んだり、動画でも情報収集を怠りませんでした。

毎日毎日、淡々とアドセンス審査用のブログを作成していたんですが、何度審査に出しても不合格…

1記事3,000~5,000文字で毎日3~5記事とか書いてるのに審査に通らなかったので、やめたいな~と思う時もありました。

ですが、何が何でも『旦那さんと1分でも離れず、ずっと一緒に過ごしたい』という夢を叶えたかったので、アドセンス審査に関して何度も調べまくり、記事更新は毎日欠かさないと決め、アドセンス審査用のブログ作成に取り組んでいました!

 

 

いつものようにパソコンとにらめっこをしながら記事を書いていて「旦那さんまだ帰ってこないのかな~?」と思った時に、残業中の旦那さんからLINEが送られてきました。

ちょうど旦那さんのことを考えていた時だったので「タイミング良すぎでしょ〜♡」なんて1人でルンルンしながらアプリを起動しました!

ですが、わたしの目に飛び込んで来た文字に驚愕して頭が真っ白になりました。

 

「指がなくなるかもしれない」

 

…(◎_◎;)

 

会社まで飛んでいきますよね。

 

わたしは、部屋着のままダウンジャケットを持って、財布とスマホを入れた鞄を持って車に乗り込み、急いで旦那さんの会社に向かいました。

駐車場の場所がわからなかったので、会社の前に車を停めて門の中に入ったんですが、旦那さんの姿がありません。

人がいたので聞いてみると「あそこのクリニックに行ったよ」と教えてくれました。

 

旦那さんは指を失いそうなくらいの大ケガをしているにもかかわらず、最初に連れて行かれたのは会社の近くにある小さなクリニック。

 

院内に入っても旦那さんの姿がなく、慌てふためいたわたしを見た看護師さんが案内してくれました。

 

診察室に通され、旦那さんの変わり果てた姿を見た瞬間に涙が溢れ出してきました。

 

 

傷口を抑えているタオルは使い古した雑巾のように黒ずんでいる。

出血量が多くて、旦那さんの顔は青白くなっている。

 

・・・その横でヘラヘラしている上司。

 

わたしは、持っていた鞄で殴りかかりそうになる気持ちを抑え、黙って旦那さんの容態を聞きました。

もちろんクリニックでは適切な処置ができるはずのない大ケガなので市民病院に行くことになりました。

 

「大事にはしたくないから車で連れて行く」と救急車も呼んでもらえずに、旦那さんの顔色がどんどん悪くなっていったときは、今までに味わったことのない怒りがこみ上げてきました。

 

その後も、会社のあり得ない対応が続き、この時に「もう1回2人でネットビジネス頑張ってみようか」という話になったんです。

ですが、ケガをした中指に、ちょんって何かが触れるだけで激痛になってしまう旦那さん。

パソコンで文字を打つときは親指以外の指をよく使うので、ケガも何もしていないわたしが旦那さんの分まで頑張らなきゃ!と思いながら今後の生活のことや将来のことも考えていました。

指を失いそうになった恐怖と、ケガをする前のような指には戻ることはないという現実に、夜も眠れなくなり、ご飯も十分に食べられないくらい心も体もボロボロになっている旦那さんを見たのは初めてだったので、わたしも胸が締め付けられる思いでした。

 

「こんな俺と一緒にいても幸せになれない。Akaには幸せになってほしいから別れた方がいい。」

 

そう言われたこともありましたが、わたしが心も体もボロボロになった時に救ってくれたのが旦那さんでした。

旦那さんはわたしを想って言ってくれたんだということは痛いくらい伝わってきました。

ですが、わたしにとって旦那さんは大切すぎる存在であり、わたしが思い描いている理想の『ずっと大切にしたい人』というのは、絶対に旦那さんであるべきだと確信していました。

なので「わたしを救ってくれた旦那さんを、今度はわたしが救う番だ!」と、今まで生きてきた中で一番と言っても過言ではないくらい必死になりました。

 

まずは目の前の目標(アドセンス審査に合格すること)をクリアしようと、相変わらず審査用のブログをいじったり記事を書いたりしていました。

調べたことで違うポイントがあったので、そのポイントを修正して、旦那さんがケガをした数日後にアドセンス審査に出しました。

旦那さんがケガをする前は、審査に出してから結果が出るまでずっと「今回は受かってますように!」とソワソワしていましたが、旦那さんの身の回りのことをするのに精一杯で、ソワソワしている余裕もありませんでした。

 

そして、12月25日のクリスマスに1通のメールが届きました。

 

そこには「おめでとうございます!」と書かれていて、何かの懸賞に応募したっけ?って感じで読んでみたところ、アドセンス審査の合格通知だったんです!!!!!

クリスマスに合格通知が来るとか、この時ばかりはサンタさんを信じましたね(笑)

 

アドセンス審査に合格するまでに半年という時間をかけたので、体が震えるほどの喜びが込み上げてきました!

 

旦那さんが指を失うほどの大ケガをしてしまったことで、わたしと旦那さんの未来は真っ暗になってしまうと思っていました。

ですが、たとえ成果が全く出ていなくても理想のライフスタイルを夢見てコツコツ頑張ってきたわたしたちに【アドセンス審査通過】という知らせのおかげで、真っ暗になりかけていた未来に光が差し込んできたんです!

時間はかかりましたが『大切にしたい人を24時間365日ずっと大切にする』というライフスタイルを叶えるための第一歩を踏み出せたこと。

それは諦めずに努力を惜しまず続けてきたことだと思っています!

 

2人でいくつもの壁を越えてきたわたしたちですが、困難があればあるほど成長できていると強く実感しています。

 

そして、成果を全く出せずに4年間という長い月日を経て、わたしたちは大逆転を果たします!

 

初めての成果と、今まで稼げなかった理由

ネットビジネスで色々な稼ぎ方を試し始めてからというもの、何をしても成果を出すことができず、あっという間に誕生日を4回もお祝いされてしまいました…

 

もう一度頑張ると決意したわたしたちは、アドセンスのアカウントを持っていたので、アドセンスアフィリエイトと相性がいい【トレンドアフィリエイト】に挑戦してみることに!

ただ、成果を全く出せないまま4年も経ってしまったから、これ以上成果が出せないのは厳しい。

ということで、確実に成果を出せる方法を考えました。

 

まずは、これまで成果を出せなかった原因だと思うことをあげてみました。

 

・自分なりに頑張ってるつもりだったけど、それは本当に頑張れていたのか?

・努力の仕方が間違っていたのかもしれない

・独学でやっているから?

 

そんなことを考えているうちに、学生時代のことを思い出しました。

 

『数学の教科書を渡されて、誰にも聞かずに問題を1人で全部解けるのか?』

 

わたしには絶対できないし、できる人もいるかもしれませんが、それは秀才だけだと思います。

 

教科書に沿って教えてくれる先生がいるからこそ、難しい問題も解けるようになる。

それ以上を望むのであれば塾に通って、塾の先生に徹底的に教えてもらう。

 

学生の頃は『先生』に教えてもらったから難しい問題も解けるようになったし「自分は今何を学ぶべきなのか?」ということもわかったんです。

 

それは大人になった今でも同じことが言えます。

 

初めての会社で初めての仕事→先輩や上司に仕事のやり方を教えてもらわないと何をすればいいかわからない。

車の免許を取りたい→車校に入って、教官から必要な知識を学ぶ。

 

他にもありますが、新しいことをする時って『誰かに教えてもらう』ということが必要なんです。

 

そのことに気付いたわたしたちは、独学でやるのではなく、教材を買うのでもなく。

自分のレベルに合った方法を順番に教えてくれる、しかも1対1で直接チャットや音声をしてもらえるということなのでコンサルをお願いしようという結論に至りました。

ですが、コンサルタントって想像してたより遥かにたくさんいるし、誰に教えてもらえばいいかわからなかったので、何人ものメルマガに登録して、良いと思った人には積極的にコンタクトを取ってみました。

 

返信が来た中でも、特に親切で質問の詳細まで丁寧に返答してくださった方がいて、サイトの見た目も綺麗だし、何より連絡が取りやすそうな雰囲気だったので旦那さんと相談を繰り返し、その方にコンサルをお願いすることにしました!

 

コンサルだったら本当に成果を出せるのか?と半信半疑ではありましたが「自分は今何をするべきなのか」ということがわかっただけでも目から鱗でした。

 

その方に示してもらったやり方で順番にを実践したところ…

最初は1日50PVでも2人でキャーキャー叫びながら喜んでいたくらいなのに、実践開始からわずか2ヵ月目には30万PVまでいって月収9万円を達成していました!

この頃のわたしは、旦那さんが毎日家にいて一緒に同じシゴトをしているということで心が弾み、指が完治していない旦那さんが懸命に記事を書いてる姿を眺めている時間が多すぎて作業も手につかない状態でした(^_^;)

なので、旦那さんが声を震わせながら喜んでいるところを見ても「旦那さんが喜んでる!わたしも嬉しい!」という感じで、ネットビジネスで稼げているということを実感できていませんでした。

 

ですが、指のリハビリをしながら記事を書き続けている旦那さんを見て「わたしは何をやっているんだ!!!これじゃダメじゃん!!!」と気持ちを入れ替えて、旦那さんを眺めるのを我慢して作業時間を増やしていきました!

 

その甲斐あってなのか3ヵ月目にはPVも100万ほどまで伸び、月収30万円を達成!(゚д゚)

2人で頑張っていくと決めたのに、パソコンではなく旦那さんのことばかり見ていたために作業をしていなかったわたしが、再び頑張ろうと決意した時に書いた記事が爆発を起こしたんです!

自分が書いた記事のアクセスが伸びたので、喜びが電流のように全身を通り抜けるような感覚を味わい、先月に旦那さんが感じた喜びをここでようやくわたしも感じることができました♪

 

そしてなんと!4ヵ月目には190万PVを越えて月収約70万円を達成することができました!!!

月収70万円を達成したのが上の画像にもある通り2017年6月なんですが、この月は最初から最後まで手を抜かなければ100万円まで届いていたかもしれないので、嬉しいんですけど、後味が良くない感じになりました。

ただ、会社員時代でも月収70万円なんて収入を得たことがなかったので、口座に振り込まれたことを確認するために通帳を見たときは、夢を見ているんじゃないかと疑うくらい信じられない光景でした!

 

4年間も実践を繰り返したのに、ネットビジネスで成果を出せなかったわたしたちに足りなかったのは、1つのことを成果が出るまで頑張ること。

それと、自分のレベルに合った正しいやり方です。

再就職が難しくなってしまった旦那さんと一緒に過ごすためには、もうこれしかないんだ!という思いで、2人で必死に努力をした結果が月収70万円だったので、その努力が報われた時は天にも昇る気分でした!

 

心から大切にしたい人を24時間365日ずっと大切にしていくために。 

 

最初こそ失敗や挫折を繰り返すことが多く、成果も全く出ませんでした。

ですが、正しいやり方でコツコツ努力をしながら2人で頑張った結果、月収70万円という収入を得たり、今こうして旦那さんと24時間365日ずっと一緒に過ごすことができてるし、本当にネットビジネスというシゴトを選択して良かったです♪

 

「楽して簡単に稼げるのがネットビジネス」と考えている人も多いんですが、そんなビジネスがあるなら苦労はしないし、何より、そんなビジネスがあったら必死に働く人なんていないですからね(笑)

 

ちなみに、わたしたちがしてきた努力というのが

・2人で遊ぶ時間を減らしまくる

・テレビをつける場合はニュースだけ

・起きてる時は、何時だったとしてもパソコンの前に座って作業

・出かける際は車の中でひたすらネットビジネスについて語ってモチベーションを上げる

・手が止まってしまう時は会社員時代を思い出して「あの頃に戻りたくない」と奮い立たせる

などなど…

他にもあるんですが、ざっとこんな感じでした!

努力したと言っても、どれも旦那さんと一緒にだったので嫌じゃなかったですけどね♪

 

大切にしたい人を24時間365日大切にするために

わたしにとっての“普通”は『大好きな旦那さんと24時間365日ずっと一緒に過ごすこと』というお話しをしたんですが、これが今のわたしの“普通”であり、ライフスタイルです♪

過去には会社で悲惨な経験をしたわたしですが、今でも「辛かった」「悲しかった」と思うことはあります。

ですが、旦那さんのことを『心から大切にしたい』と思えるようになったのも、全て過去の経験があるからです♪

 

フリーターとして高校を卒業していれば…

あの会社に入らなければ…

 

なんて後悔をしたところで、悲しい事を思い出して卑屈になってしまうだけです。

どん底を経験していなかったら旦那さんの大切さに気付けなかったかもしれない。

何もかも上手くいく人生だったとしたら、今のライフスタイルを選択していなかったかもしれない。

そうやって考えてみると、

わたしが過去にした選択や経験は全部間違っていなかった!

過去の経験はわたしにとってかけがえのない宝物なんだよ!

と胸を張って言う事ができます♪

今こうして『心から大切にしたい人を24時間365日ずっと大切にしたい』と思えるのも、全部過去があってこそです。

 

そして、わたしが今のライフスタイルを実現できたのも、わたし自身が過去に今のシゴトを選択したからです。

失敗や挫折を繰り返しながらも、自分の選択を信じてコツコツ正しいやり方で努力をした結果、理想を実現することができました。

 

ここまで読み進めてくださったあなたなら気付いたかもしれませんが、わたしたちには、特別なスキルや才能なんて何1つないんですよね(笑)

実際問題、特別なスキルや才能を持っていない一般人(しかも女性)が、働かずにサラリーマンの平均月収を上回る収入を得るのって難しいし、サラッと起業するなんてもってのほかじゃないですか?

ですが、それをあなたにとっての“普通”にして、自分の理想のライフスタイルを実現することは可能です。

 

わたしも、全ての理想を現実にしたわけではないし、今後もどんどん叶えたい夢が増えていくと思うんですが、どうしても叶えたい夢が1つあります!

 

それは『1人でも多くの人に、自分が心から大切にしたい人を24時間365日ずっと大切にしてほしい』ということです!

 

わたしが心から大切にしたい人というのは旦那さんはもちろん、家族も大切な存在です。

大切にしたい人を24時間365日ずっと大切にしていくのって、簡単そうに見えるけど実はなかなか難しいことで、金銭的な面はもちろんのこと、時間がないと無理ですよね。

 

もし会社に勤めていて、会社でミスをしてしまった場合、そのミスをカバーするために必死になってしまうので、その間、大切にしたい人のことを考えることができませんよね?

「大切にしたい人をずっと大切にしていきたい!」と言っても時間には限りがあるので、いつまで大切にしていけるかもわかりません。

時間だけでなく、お金だって無限なわけではないので、会社で働いて得た収入だけでは満足できない可能性もあります(+_+)

 

ですから、

・大切にしたい人を24時間365日ずっと大切にしていきたい

・自分の理想のライフスタイルを“普通”にしたい

・大好きな旦那さんと寝ても覚めても離れたくない

・好きな時間に旦那さんと一緒にシゴトがしたい

なんて理想のライフスタイルを少しでも思い描いたことがある人に、それを実現していってほしいんです♪

 

わたしの夢が叶ったとしたら、世界中に仲の良い夫婦が増えて、その夫婦はどこに行っても何をしてても笑顔が絶えず、仲の良い両親を見て育った子供が結婚したとしてもまた、仲良し夫婦で笑顔が溢れる家庭をつくれると思います!

わたしにとってそんな世界が理想なので、まずはあなたから!

大切にしたい人を24時間365日ずっと大切にするために、わたしたちと一緒に、最初の一歩を踏み出してみませんか?

 

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